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第56話  

「お兄ちゃんは、森岡翔っていうの!」山下美咲は少し泣きそうな声で答えた。

「森岡翔?君たちのなかに、森岡翔という者はいるか?」スタッフは警備員たちに尋ねた。

警備員たちは顔を見合わせ、「いません!」と答えた。

谷雪は、山下美咲の兄が森岡翔だと聞いて、ハッとした。

もしかして、昨日自分を助けてくれた森岡翔?

彼女が何か言おうとしたその時、山下美咲がまた口を開いた。

「お兄ちゃんは、さっき近藤強さんって人に連れて行かれたの!仕事の話をしに、3階に行ったみたい」

近藤強?

その場にいた全員が、内心でどよめいた。

湖城で近藤強といえば、近藤家の御曹司しかいないだろう。

湖城でもトップクラスの人物だ。

近藤強と仕事の話をするなんて、只者ではないだろう。

スタッフと木村大治も慌て始めた。

近藤家の御曹司を怒らせることなど、彼らにはできない。

近藤強は湖城では有名な存在だった。

友達だと思えば、とことん尽くしてくれる男だ。

しかし、敵に回せば、徹底的に潰そうとしてくるだろう。

彼にさまざまな方法で潰された中小企業や零細企業は、数え切れないほどあるのだ。

だからこそ、湖城ではこんな言葉が囁かれている。

近藤強と友達になれなくても、絶対に敵に回してはいけないと。

木村大治はそこまで考えた。

全身から冷や汗が吹き出してきた。

自分の数十億円規模の会社なんて、近藤家の御曹司から見れば取るに足らない存在だろう。あっという間に潰されてしまう。

ちょうどその時、森岡翔は近藤強との話を終え、階下へ降りてきた。

森岡翔は周りを見渡したが、山下美咲の姿は見当たらない。ホールの中央に、人がたくさん集まっているのが目に入った。

森岡翔は急いで人混みをかき分けて進んで行った。

すると、いとこの山下美咲が、濃い化粧をした若い女性に腕をつかまれているのが目に入った。

山下美咲は困った様子で、腕を振りほどこうともがいているが、うまくいかないようだ。目は潤んで、今にも泣き出しそうだった。

「美咲!」森岡翔は叫んだ。

「お兄ちゃん!」

山下巧は山下美咲がお兄ちゃんと呼ぶのを聞いて、思わず手を離した。山下美咲はすぐに腕を振りほどくと、森岡翔のもとへ駆け寄り、抱きついた。

「大丈夫だ、大丈夫」森岡翔は優しく声をかけた。

「一体どうしたんだ?」

近藤強も近
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